知財部って何するの?

知財部の構成例

いわゆる”知財部”がどんな業務を担っているかご存じですか?

例えば下記の6つのグループから構成された知財部があったとして、それぞれのグループの業務内容を簡単に説明します。大企業であればそれぞれが数十名からなる”部”として構成され、全体で3桁の人員からなる大所帯になります。知財部機能の一部または全部を特許子会社として分社化している企業も少なくありません。

  • 出願権利化
  • 特許事務/管理
  • 自社権利活用/他社特許対策
  • 渉外
  • 調査
  • システム管理

出願権利化

知財部中で最大の人的リソースが投入されることが多いのが権利取得のための活動です。特許権の取得などは特に出願権利化と呼ばれます。

企業や業種により多様ですが、活動内容はだいたい以下の流れになります。

  1. 発明発掘
  2. 出願要否判断
  3. 出願手続き
  4. 中間手続き
  5. 登録手続き

以下では各ステップをもう少し詳しく説明します。

1.発明発掘

 このステップでは研究開発部門の開発成果をヒアリングし、発明を特定します。発明者の認識する発明の概念を正確に理解すればよいというものではありません。発明者の考える発明は多くの場合知財として獲得可能な権利範囲より狭いものです。それどころか発明者が発明と認識できていない発明もたくさんあります。そんな中で発明者から多くの情報を引き出し、発明の本質を明らかにする必要があります。

2.出願要否判断

 このステップでは取得が予想される特許権をシミュレートして、その価値を判断します。実際には、数多くの権利パタンを次々とシミュレートすることで高い価値をもたらす特許権がないかを探す工程といった方が現実に近いかもしれません。慣れると発明者の話を聞きながら頭のなかで次々と可能性がある特許権を発生させては価値判断を繰り返すプロセスをヒアリングと同時並行で進めることができるようになります。多面的に探っても有望な権利候補が見いだせなければ出願を見送ることになります。

3.出願手続き

 いよいよ出願明細書の作成となります。明細書では従来技術、従来技術の課題、その課題を解決する手段(=発明)がロジカルにつながるように明細書のストーリを構築します。特に請求項(クレームとも呼びます)は課題解決手段に対応するものであると同時に、その特許の保有者に与えられる権利範囲を言葉で表現したものとなります。特許の価値を決定するものであるためブラッシュアップを繰り返しながら明細書を完成させます。

 明細書の作成は知財部員が自ら書くこともありますが、多くは特許事務所に外注されます。特許事務所に作成をお願いするときには請求項とストーリの骨子程度を知財部員が作成して示すことが多いですが発明発掘から特許事務所に参加してもらう形もあります。

4.中間手続き

 中間処理とも呼ばれるこのステップは、特許庁とのやり取りが主になります。出願された特許は特許庁で特許権を与えられるか否かの審査がなされます。審査の結果、特許できない理由があると判断された場合に特許庁からなぜ特許権を与えられないと判断したかの理由が記載された拒絶理由通知が送られてきます。拒絶されてもすぐにあきらめる必要はありません。請求項を補正したり、改めて特許庁に自身の意見を説明することによって拒絶を解消することが可能です。

 分野によって全く違うのかもしれませんが、私個人の経験的には最初から特許査定を受領するものは1割以下でした。つまり9割前後は特許庁から拒絶されるところから始まります。ただし拒絶された出願の7割前後は、その後の補正書や意見書の提出により拒絶が解消されて特許になります。特許にならなかった3割には拒絶解消手段が全くない、お手上げというのも含まれますが、想定特許権の価値が見いだせなくなったなどの理由で権利化を断念するケースの方がやや多いとの印象です。

5.登録手続き

 拒絶理由がなくなると特許庁から特許査定を受け取ることができます。登録料を納付すると特許権が設定され晴れて特許権が発生します。登録後も権利を維持するためには維持年金を納付する必要があります。

以上のようなプロセスを経て、自社発明を特許権、すなわち知的財産に変えていくのが知財部の主要な役割の一つとなります。

特許事務/管理

 ”事務”と聞くと書類作成や管理等のルーチンワークをイメージされる方が多いと思います。勿論特許事務にもこれらは含まれますが、実際にはかなり高い専門性が求められます。

 例えば特許庁での手続きには法律で定められた期限日(法定期限日)が設定されたものが多くあります。期限までに必要な処置ができないと取り返しのつかない状態になる場合も少なくありません。期限日までの日数は手続きにより異なる上に”発送の日から60日以内”のように間接的に表現されている場合も多いです。発明者、他の知財部員、特許事務所による検討などが必要な場合も多く、それぞれの検討に必要なおよその日数を把握できていないと気が付いた時にはもう間に合わない、ともなりかねません。

 海外出願がある場合は少なくとも英語のレターを理解できる程度の語学力が求められます。しかも国ごとに手続きの違いの理解、さらには各国法改正にもついていく必要があります。

 ここまで聞くととても無理と不安になる方もいらっしゃるかもしれません。ですが安心してください。これらの業務も特許事務所の力を最大限活用することができます。むしろ、その名の通り、特許事務所が最も得意とするところではないでしょうか。極端な話、特許事務に関しては知識ゼロに近い状態であったとしても、特許事務所の説明通りに進めていけば問題になることはほとんどないと思われます。

自社権利活用/他社権利対策

 特許権を獲得しただけでは企業利益はほとんど生じていません。保有しているだけで市場を独占できるような恵まれた特許というのは本当に限定的です。大多数の特許は、莫大な工数と費用を割いてきたことを考慮すれば、権利獲得時点では赤字状態と考えるべきでしょう。

 そこで獲得した特許権によって実際の価値を産み出すステップが必要となります。このステップを担うのが自社権利活用/対策(以下では単に活用対策と記します)と次に説明する渉外ということになります。

 内容は大きく、攻め/守りに分類されます。

 攻めは自社の特許権をもって競合他社の実施(侵害行為)をやめさせたり、実施を許諾する代わりにライセンス料を受け取ったりすることが主な活動となります。といっても世の中はそんなに甘くはありません。自社の特許権を売りこんだり、警告状を送付したり、時には侵害訴訟を提起したり、あの手この手をつかって侵害者に働きかけます。

 守りはその逆です。つまり他社からあなたたちは当社の特許権を侵害していると主張されることに対して、侵害していないことを主張したりして自社の不利益を最小にする活動となります。

 同業者同士の争いの場合、一方が攻めを仕掛けたら、攻められた方も自分たちが保有する特許権で反撃(カウンター)することも少なくありません。このため攻め手は事前に攻撃対象の反撃能力を見極めてから仕掛けることになります。

渉外

 基本的には上記の自社権利活用/他社権利対策と同じ分類に入る業務となります。なので実際には、活用対策と渉外を分離していない知財部の方が多いと思います。

 上記の攻め/守りにあたって、相手方との交渉を担うのが渉外ということになります。ですが、この定義より、求められる知識から両者を区別した方が実態を理解しやすいかもしれません。

 渉外は活用対策に比べ、相対的に法的理解が求められる立場と言えるかもしれません。実際に、社内弁護士を擁するような知財部であれば、渉外を担うケースが多いのではないでしょうか。逆に活用対策は技術的理解が求められる場面が多くなります。技術者経験のある知財部員が活躍する領域ですね。

 法律と技術の双方の高度な知識が求められる特許の争いにおいて、少なくとも一方の専門家でありながら他方も最低限の理解を備える、そのような人材をそろえることで隙が無い布陣が期待できますね。

 この業務に関しても特許事務所に相談は可能ですが、権利行使段階、まして侵害訴訟に精通した特許事務所となると比較的限定されるのかもしれません。渉外の役割を法律事務所に担ってもらい、活用対策の役割を知財部員が担うのも一つの形かもしれませんね。

 いずれにせよ立ち上げ直後の知財部や知財部員が積極的に攻めを仕掛けることはあまりないと思われますので、攻めの武器(特許権)をそろえながら、争いに備えた体制を整えていくのが現実的かもしれません。ただしいつ相手が攻めてくるかは自社ではコントロールできません。相談すべき相手、理想的には特許係争経験が豊富な、特許事務所、法律事務所と一度話をしておいた方が良いと思われます。

調査

 特許の有効性は、その特許が出願された時点で、どのような情報が世の中で知られていたのかが非常に重要です。すでに誰かが公開している内容(公知技術と言います)を出願しても二番煎じになってしまうので当然特許権を得ることができません。このため出願前には自分の発明が世の中で知られていないかを調査することが一般的です。単に同じ発明が公知かどうかを調べるだけでなく、出願時点で最も近い公知技術を把握した状態で明細書を作成できれば、最大限に広い権利範囲を備えた特許権を得ることも可能となります。

 また、すでに特許権になった発明も、その後の調査で実は出願時点で世の中で知られていたことが証明されると無効になってしまいます。目障りな他社特許に対して、そのような証拠を集めることでその特許を無効にしてしまうことも良くある手段です。

 このように、特許においては、攻めの観点でも守りの観点でも、ある時点(その特許の出願時点)で、世の中でどのような技術が知られていたかを知ることは非常に大きな意味を持ちます。調査はまさにこれを明らかにする業務となります。

 このような調査を効率的に行うため、いろいろな調査データベース(検索システム)が提供されています。調査業務ではこのようなデータベースを使いこなして、過去の膨大な特許公報の中から、自分に必要な文献を抽出することになります。

 調査も多くの特許事務所が対応してくれますし、調査サービスを重要事業に位置付ける特許事務所もあります。私も後者を利用したことがありますがさすがの調査力を発揮してくれることも多いです。もっとも、すべての調査を外注するのはそれなりの費用を覚悟する必要がありますし、自分で調査することで得られる知見も非常に重要です。発明者(技術部門)自らが調査した方が良い場面もすくなくありません。

 そのような背景もあり、日常的な業務では自社で調査し、ここぞの場面で外部の調査サービスを活用する形が最も一般的なのではないかと思います。

システム管理

 知財業務では上述の期限管理のようにミスが許されない管理項目が少なくないこともあって専用のシステム(知財管理システムなどと呼ばれます)を用いた形が一般的です。起点となる日付を入力すると法定期限日を算出してくれたり、期限日が近づくとリマインダを発してくれたりする機能を備えておりリスクを大きく提言してくれます。

 実際にはエクセルなどの表計算、アクセスなどのデータベースを用いた管理で知財管理をスタートする企業が多いとは思います。このような場合でも、いずれ件数が増えてきた段階で知財管理システムを導入する場合が殆どではないかと思います。

 管理対象データがそれなりの規模になってくるとシステム管理も非常に重要なものとなります。件数などの規模次第では知財部内に知財関連システムの保守や管理を専門とする担当者が設定されていたりします。大企業では、一つの独立した部になっていることも珍しくはありません。

まとめ

 一口に知財部、知財業務といっても色々な機能が求められることをご理解いただけたと思います。他にも知財戦略企画業務、商標を含めたブランディング関連業務、社内の知財教育業務なども必要になることがあります。

 大企業であれば、一つ一つの業務にグループで対応するのに対して、立ち上げ当初の知財部や知財担当は、これら全ての業務を限少数(一人の場合も!)で対応しなくてはならないことになります。件数が少なければ工数は不足しませんが、最低限の知識すらそろえるのは至難の業です。特許事務所を積極的に活用しつつ、少しずつ専門知識を蓄えて自社の守備範囲を広げていくのが現実的ではないでしょうか。 

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